ブログ 2026.06.28

2026年5月下旬・ワラビと山ウドの季節、命を繋いだ小沢平開墾地にて。

山ウドとワラビの季節の始まりにて(2026年5月20日)。

山ウドとワラビの季節の始まりにて(2026年5月20日)。

山菜とともに生きて70年は優に超える尾瀬野のおじいさんとおばあさんです(2026年5月20日)。

山菜とともに生きて70年は優に超える尾瀬野のおじいさんとおばあさんです(2026年5月20日)。

心配された霜の被害もなく、平年並みに採れたワラビの姿です(2026年5月21日)。

心配された霜の被害もなく、平年並みに採れたワラビの姿です(2026年5月21日)。

採ってすぐに、長期保存のために、塩漬けにします(2026年5月21日)。

採ってすぐに、長期保存のために、塩漬けにします(2026年5月21日)。

山ウドも霜が心配でしたが、霜の影響もなく、今年も平年並みに採れたことが本当に嬉しかった(2026年5月24日)。

山ウドも霜が心配でしたが、霜の影響もなく、今年も平年並みに採れたことが本当に嬉しかった(2026年5月24日)。

採ってきたばかりの山ウドの選定をする母の姿です(2026年5月24日)。

採ってきたばかりの山ウドの選定をする母の姿です(2026年5月24日)。

形を整えて、保存のために塩漬けにします。採れたての山ウドを御客様に提供する場合には出来るだけ早めに生のウドとして夕食に添えます(2026年5月24日)。

形を整えて、保存のために塩漬けにします。採れたての山ウドを御客様に提供する場合には出来るだけ早めに生のウドとして夕食に添えます(2026年5月24日)。

この日もワラビ採りの一日でした(2026年5月25日)。

この日もワラビ採りの一日でした(2026年5月25日)。

終戦後に開墾された小沢平開墾地。エイノおばあさんも、父も母も、大自然の中で山菜とともに働き続けたかけがえのない開墾地です(2026年5月25日)。

終戦後に開墾された小沢平開墾地。エイノおばあさんも、父も母も、大自然の中で山菜とともに働き続けたかけがえのない開墾地です(2026年5月25日)。

ワラビの横にさりげなく姿を魅せていた、タケシマランです(2026年5月25日)。

ワラビの横にさりげなく姿を魅せていた、タケシマランです(2026年5月25日)。

ワラビ採りの最中に出会った、オオカメノキの花々です(2026年5月28日)。

ワラビ採りの最中に出会った、オオカメノキの花々です(2026年5月28日)。

小沢平樹海ラインで出会ったリュウキンカの姿です(2026年5月30日)。

小沢平樹海ラインで出会ったリュウキンカの姿です(2026年5月30日)。

小沢平樹海ラインより望む、真っ青な空に雄大な姿を魅せる、燧ケ岳(標高2356m)の姿です(2026年5月30日)。

小沢平樹海ラインより望む、真っ青な空に雄大な姿を魅せる、燧ケ岳(標高2356m)の姿です(2026年5月30日)。

2016年10月に尾瀬野のホームページがオープンしてから早いもので9年と8か月の歳月が流れました。ホームページの中のブログでは、自然の姿や四季の花々などを中心に掲載してきましたが、尾瀬野の核心となるものとしての小沢平での活動や画像などはできるだけ掲載しないで月日は流れてきました。多くの人々が開墾の生活を送っていた小沢平開墾地も今では、2軒だけになってしまいましたが、春のコゴミにしても、ワラビや山ウドなどやイワタラや夏のフキなどにしても、尾瀬野の山菜は開墾地での活動なしには語れないほどの深い歴史を物語る開墾地の大自然の姿です。母は檜枝岐村に嫁に嫁いですぐに、エイノおばあさんとともに小沢平開墾地で向こうじろ小屋に寝泊まりしながら働き続けていたと聞いています。父は小学生から中学校の頃、檜枝岐村の下畑開墾地から小沢平開墾地まで歩いて通い続けたとも聞いています。戦争を知らない戦後生まれの便利さばかりの世に生まれてきた私達には到底遠く及ばない、厳しい大自然の中で、大自然とともに尊崇の歴史を刻んできた先人の人々の姿です。

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